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低緊張って、聞いたことありますか?
「低緊張」という言葉を、聞いたことありますか?私は、療育センターで働いて、初めて知りました。 低緊張とは、筋肉の張りが弱く、姿勢を保ったり、体を動かしたりするときに、体を支えることが難しくなる状態のことです。 低緊張にはさまざまな程度があり、病気や発達上の特性などに伴って見られることもあります。 一方で、日常の中では、もっと身近な「体の使いにくさ」として、その姿が見えていることもあります。 例えば、 「すぐに疲れたと言う」 「椅子に座っていると、だんだん姿勢が崩れていく」 「床に寝転がることが多い」 「立っていることがつらそう」 「運動や外遊びを嫌がる」 「手先の細かいことが苦手」など。 こうした姿を見たとき、大人はつい、 「姿勢が悪いよ」 「ちゃんと座ろう」 「もう少し頑張って」と声をかけてしまうことがあります。でも、その子にとっては、「ちゃんと座ること」そのものに、とても大きな力を使っているのかもしれません。 椅子に座っているだけでも、体を支えるためにたくさんの筋肉を使います。 体を支えることが苦手な子にとっては、長く座っていることは、大人が
Y R
1 日前読了時間: 3分
子どもは、大人が思っている以上にたくましい
子どもたちは、私たちが思っている以上に、自分の中に「育っていく力」を持っています。 30年以上、子どもたちを見てきました。小さかった子どもたちが大きくなり、成人してから再会することもあります。 そんな姿を何度も見せてもらう中で、私は、子どもには大人が思っている以上のたくましさがあるのだと感じるようになりました。 もちろん、「そのうち自然に育つから、何もしなくていい」ということではありません。 特に、発達に凸凹がある子どもたちには、その子の感じ方や困りごとを理解し、その子に合った関わりや環境を用意することが大切です。 でも、だからこそ忘れたくないのは、私たちが「育ててあげる」だけの存在ではないということ。 子ども自身が、見つけ、感じ、やってみて、失敗して、またやってみる。 その中で、自分の力を少しずつ育てていきます。 大人にできるのは、その力を奪わないこと。そして、必要なときには手を添え、困ったときには一緒に考え、その子が自分の力を発揮できるように支えていくことなのかもしれません。 子育てをしていると、「何かしてあげなくては」と思う日もあります。.
Y R
3 日前読了時間: 2分
横浜国立大学で講義をした時のこと
前回のブログ「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」の続きです。 以前、横浜国立大学の教授とご縁があり、教育学部の学生の皆さんに「幼児期の遊びと学び」について、講義をさせていただいたことがあります。 小学校以降の教員を目指す学生さんが多い中で、幼児期の子どもたちの姿や、遊びの中で育まれている学びについてお話ししました。 幼児期の微笑ましい子どもたちの日常を柔らかい表情で聴いてくださいました。講義の後には、学生の皆さんからたくさんの感想をいただきました。 「自分が幼稚園に通っていた頃のことを思い出しました」 「あまり覚えていないけれど、優しい先生だったことは覚えています」 「遊びの中で子どもが試行錯誤することの大切さを感じました」 そんな言葉が、とても印象に残っています。 また、年長児の生活の中で大切にしていることをお伝えした際には、「小学校の生活科で大切にされていることと同じだと感じた」という感想もありました。 幼児期の遊びと、小学校以降の学び。 一見すると別のものに見えても、その根っこには、たくさんのつながりがあります。...
Y R
6 日前読了時間: 2分
幼児期の終わりまでに育ってほしい「10の姿」とは?
「幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿」という言葉を、耳にされたことはありますか? これは、幼稚園・保育園・認定こども園など、幼児期の教育・保育を通して育まれる子どもの姿を示したものです。2018年から、幼児期の育ちを小学校以降の学びへつなげていくための指針として位置づけられています。 大切なのは、これらが「就学までに必ずできるようにする目標」ではないということ。そして、子どもは保育園、幼稚園、こども園のどこに通っても同じ指針ですよ。ということです。 日々の遊びや生活の中で、一人ひとりの子どもがそれぞれのペースで育っていく姿を捉えるための視点です。 【幼児期の終わりまでに育ってほしい10の姿】 健康な心と体 自立心 協同性 道徳性・規範意識の芽生え 社会生活との関わり 思考力の芽生え 自然との関わり・生命尊重 数量や図形、標識や文字などへの関心・感覚 言葉による伝え合い 豊かな感性と表現 例えば、「自分でやってみようとする」「友達と一緒に楽しむ」「不思議に思ったことを試してみる」「感じたことを自分なりに表現する」といった姿も、その大切な一つで
Y R
10月2日読了時間: 2分
コミュニケーションに「正解」はひとつじゃない
Coconaで、職員が子どもたちとの関わりの中で大切にしていることがあります。それは、会話ややり取りの中で「一つの答えだけ」を教えこまないことです。 例えば、「貸して」と言われたら「いいよ」と答える。もちろん、それも大切なやり取りです。でも、「貸して」と言われたときの答えは、「いいよ」だけではありません。 「今使ってるから、待ってて」 「あとでね」 「まだ使いたい」 「やだ」 そんな答え方もあります。 「一つちょうだい」と言われたときも同じです。職員が「一つちょうだい」と伝えると、おもちゃを一つ手渡してくれる。でも、すぐに取り返して、また遊び始める。一見すると、「ちょうだい→どうぞ」というやり取りができているように見えます。でも、その子の気持ちは、本当に「渡したい」だったのでしょうか。 もしかしたら、「本当は渡したくないけれど、こうすればいいんだ」と、形だけのやり取りになっているのかもしれません。 「今使ってる」 「待ってて」 「まだ使いたい」 「やだ」 そうやって自分の気持ちを伝えることも、大切なコミュニケーションです。 だからCoconaでは
Y R
9月26日読了時間: 3分
なぜ、療育は早い時期からと言われるのだろう?
これまで、たくさんの子どもたちと出会ってきました。どの子にも、その子ならではの得意なことや素敵なところがあります。そして、誰にでも、その子なりの苦手なことや難しさがあります。 では、誰にでも苦手なことがあるのに、なぜ「療育は早い時期から」と言われるのでしょうか。 私は、その理由の一つに、発達がゆっくりな子どもを取り囲む大人が、「この子は、どんなことを心地よく感じ、どんなことを難しく感じるのか」を早くから知ることの大切さがあるのではないかと考えています。 なぜなら、大人は知らず知らずのうちに、周囲の子どもや一般的な発達の目安と比べながら、「できるようになってほしい」と、その子の成長を急いでしまうことがあるからです。 「その子のことを理解して、環境や関わり方を工夫できるのであれば、療育に通わなくてもいいということ?」 そうした場合もあると思います。ご家庭や園で、その子に合った環境や関わり方を工夫できることは、とても大切です。一方で、専門的な視点を通して子どもの姿を捉え直したり、関わり方を一緒に考えたりすることで、新たな気づきが得られることもあります。
Y R
9月24日読了時間: 3分
絵本 レオ・レオニ『ペツェッティーノ』に思いを馳せて
私が学生の頃から好きな絵本が、何冊かあります。 仕事柄、これまで毎日のように子どもたちへ絵本の読み聞かせをしてきました。手に取ってきた絵本は、30年間できっと3,000冊を超えるでしょう。今でも図書館に行くと、気になる絵本を10冊ほど手に取ることもあります。 書店や図書館で「おすすめの絵本」と紹介されている作品には、大人が読んでも心を動かされる素敵なものがたくさんあります。ただ、長年子どもたちと絵本を楽しんできた中で感じているのは、「大人が良いと思う絵本」と「子どもたちが心から好きになる絵本」は、必ずしも同じではないということです。 目を輝かせて「もう一回読んで!」と何度もリクエストしてくれる絵本がある一方で、大人が思いを込めて読み聞かせをしても、すーっと離れていってしまうこともあります。 そんな子どもたちの姿に触れるたび、「絵本の楽しみ方は一人ひとり違っていいんだ」と実感してきました。大人が良いと思うものを伝えることも大切ですが、子ども自身が何に心を動かされているのか、その姿をじっくり見つめることも大切にしたいと感じています。 私が長年大切にし
Y R
9月22日読了時間: 3分
先のことが不安になったとき、思い出したいこと
子どものこれからを心配することは、決して悪いことではありません。むしろ、大切に思っているからこそ、さまざまなことを考えるのだと思います。 子育てをしていると、自分の経験やこれまで見聞きしてきたことから、まだ起きていない未来を想像してしまうことがあります。「学校に行ったら、この子はどうなるんだろう」「発達障害と言われて、この先どうなっていくんだろう」「お友だちとの関係で、つらい思いをしないだろうか」。そんなふうに、先のことが心配になるのは、子どものことを大切に思っているからこそですよね。 危険を予測したり、子どもを守ろうとしたりすることは、人間が本来持っている大切な力でもあります。ただ、心配が大きくなりすぎると、まだ起きていない未来に心が占められてしまうことがあります。 そんなときは、少しだけ立ち止まって、「今、この子はどんなことを感じているんだろう」「今、どこで困っているのかな」「今のこの子に、どんな関わりがあると安心できるかな」と、目の前の子どもに目を向けてみることも大切です。 未来のことを考えるのは、その時々で大丈夫。今すぐ答えを出さなくても
Y R
9月19日読了時間: 2分
運動あそびって、どんなこと?
「運動遊びは、どんなことをしたらよいですか?」とご相談いただくことがあります。 幼児期の身体づくりでは、特定の動きだけを繰り返すよりも、走る・跳ぶ・くぐる・登る・転がる・バランスをとるなど、遊びの中で全身を使い、さまざまな動きを経験することが大切です。 このように、身体全体を使った大きな動きを「粗大運動(そだいうんどう)」といいます。粗大運動には、姿勢を保つことや、身体を動かすための基礎となる力を育てる役割があります。 幼児期は、骨や筋肉、関節などが発達している途中です。そのため、年齢だけで一律に難しい動きを求めるのではなく、一人ひとりの身体の発達や経験に合わせて、無理なく楽しめる活動を取り入れることが大切です。 体操教室などで、子どもたちが一緒に活動することにも良さがあります。先生や友だちの動きをまねる「模倣(もほう)」の経験や、集団の中で一緒に楽しむ経験につながります。 一方で、同じ動きでも、身体の使い方やバランスのとり方によって、取り組みやすさには個人差があります。大切なのは、みんなと同じ動きができるかどうかだけでなく、その子がどのように身
Y R
9月18日読了時間: 3分
小さな指先で感じている子どもの試行錯誤
「手先を器用にしてあげたい」 子どもの成長を考えると、そんなふうに思うことがありますよね。 「スプーンを上手に持てるようになってほしい」 「お絵描きができるようになってほしい」 「ボタンやお着替えが自分でできるようになってほしい」 そんな「できるようになってほしい」の土台にも、実は手や指を使うさまざまな経験があります。 シールを貼る。ペグを差す。小さなものを穴に入れる。紙をちぎる、丸める。クレヨンで描く。こうした手や指を使う動きを「微細運動」といいます。 でも、微細運動は、ただ「指先を器用にするための練習」ではありません。 例えば、ペグ差し。「ここに入れよう」と目で位置を捉え、手をそこへ動かしていきます。これは、目で見た情報をもとに手を動かす「目と手の協応」につながる大切な経験です。 プットインも同じです。入り口の大きさや硬さが違えば、必要な力も変わります。「これくらいの力かな?」と試しながら、手や指の力を調整していきます。時には、穴に入れようとするあまり、肩にグッと力が入ったり、肘が浮いたりする子もいます。 そんな時、私たちは「力が入りすぎてい
Y R
9月16日読了時間: 2分
汐見稔幸先生との懇談を通して、子どもたちの生きる力に思いを馳せる
先日、研究会で、教育・保育の分野で長年ご活躍されている汐見稔幸先生と懇談する機会がありました。NHK「すくすく子育て」などでもおなじみの汐見先生は、東京大学大学院教育学研究科教授などを経て、白梅学園大学・同短期大学の学長も務められた先生です。 汐見先生は、子どもが育っていく過程では、知識や計算力などの「認知能力」だけでなく、それを支える「非認知能力」が大切であるということを、20年以上前からお話しされています。 非認知能力とは、テストの点数やIQのように数値で測ることが難しい、自己肯定感、意欲、好奇心、粘り強さ、人との関わり、感情を調整する力など、いわば「生きる力」や「心の土台」となるものです。現在では、幼児期のこうした力が、その後の学びや社会生活、人生の豊かさにも関わることが、世界的にも注目されています。 その懇談の中で、Coconaの職員S先生から、汐見先生にこんな質問がありました。 「非認知能力は、自然に育つものなのでしょうか? それとも、教えて育てるものなのでしょうか? その違いはあるのでしょうか?」 とても本質的な問いだと思いました。.
Y R
9月15日読了時間: 3分
子どもの「NO」は、大切なメッセージ
「いやだ」「やりたくない」と言葉で伝えることや、気に入らないことがあったときに泣くこと。どちらも、とても大切なことです。これは、子どもだけではありません。大人にとっても同じですよね。嫌な気持ちや苦しい気持ちを、いつも我慢していたら、心は疲れてしまいます。 一昔前の教育では、「嫌でもやる」「大人や先生の言うことを聞く」ということが強く求められていたように思います。でも今の時代は、「自分の気持ちを伝えること」も大切にされるようになってきました。 だからといって、「いやだ」と言えば何でもやらなくていい、ということではありません。 大切なのは、「なぜ嫌なのかな?」と、その子の心の中に耳を傾けようとすることなのだと思います。 何が嫌なのか。その場面が嫌なのか。見通しが持てないことが不安なのか。誰かとの関わりが嫌なのか。ただ疲れているのか。それとも、別のSOSを伝えようとしているのか。そこを丁寧に探っていくことこそが、療育の大切な役割だと感じています。 一人ひとりに寄り添いながら、その子を知っていく。その中で、私たち大人が気をつけたいことがあります。それは、
Y R
9月14日読了時間: 3分
「好き」から広がる子どもの世界
子どもが夢中になれるものには、その子らしさがたくさん詰まっています。 「何にでも興味を持ってほしい」「いろいろなことに集中できるようになってほしい」そう願うのは、子どもの成長を心から願っているからこそですよね。 でも、興味を持つ対象も、夢中になる時間も、子どもによって一人ひとり違います。 だからこそCoconaでは、まず「この子は何が好きなんだろう?」と、その子の視線の先にあるものを一緒に探します。 そこを入り口にすると、自然と遊びが広がり、人との関わりや「やってみたい!」という意欲につながっていくことがあります。 「好き」を大切にすることは、子どもが自分から動き出すための、大切な土台になると考えています。 そして、これは子どもだけに限りません。毎日子育てを頑張っているお母さん、お父さんも同じです。 妊娠、出産、育児、家事、仕事。 気がつけば、自分のことは後回しになっていませんか? 子どもにとっても、保護者にとっても、ほっと肩の力を抜ける時間はとても大切です。 1日の中に、30分でも、1時間でも。 「今日はちょっと楽だったな」 「なんだか心が軽く
Y R
9月10日読了時間: 2分
「程よい集団」こそが子どもの世界を広げます
「集団って、疲れるんです」の続きです。 前回は、「集団に適応することだけが、自立ではない」というお話をしました。 では、子どもにとって「集団」とは、どんなものであればいいのでしょうか。 Coconaでは、いきなり大きな集団に適応することだけを目標にはしていません。まずは、職員と子ども1人からでもいい。小さな集団の中で安心して過ごせることは、とても大切な経験だと考えています。 家庭とは違う大人と関わる。家庭とは少し違うルールを知る。そして、少しずつお友だちと出会う。 「こんな人がいるんだ」 「こんなやり方もあるんだ」 そんな経験を少しずつ重ねることで、子どもの世界は広がっていきます。 小さな集団だからこそ、自分のペースで人と関わる経験もできます。そして、その経験が、いつかもう少し大きな集団の中で人と関わる時の土台にもなっていくのだと思います。 すでに園という大きな集団の中で頑張っている子どもたちもいます。毎日、たくさんの人に囲まれて過ごす。先生の話を聞く。友達と一緒に行動する。順番を待つ。気持ちを切り替える。 子どもたちは、大人が思っている以上に頑
Y R
9月8日読了時間: 3分
集団って、疲れるんです。
集団生活って、疲れますよね。 だからこそ、私は「程よい集団」が大切だと思っています。 人は、生まれた瞬間から誰かと一緒に生きています。最初の集団は、家族ですね。家族であっても、いつも同じ気持ち、同じ関係ではありません。嬉しい日もあれば、ぶつかる日もある。それでも、家族という小さな集団の中で、人との関わり方を少しずつ学んでいきます。 そして成長するにつれて、集団は少しずつ大きくなっていきます。園生活、学校生活。大人になれば、職場や地域社会。私たちは、たくさんの人と関わりながら生活していきます。 でも、大人ならきっとわかっていると思います。 集団にいると疲れることを。 子どもも同じです。 人に合わせること、順番を待つこと、自分の気持ちを抑えること、周りの状況を見て行動すること…楽しいことももちろんありますが、いつも自分の思った通りにはいきません。 だからこそ、「集団に適応すること」だけを目標にするのではなく、「自分に合った集団の中での過ごし方を知ること」が大切なのではないかと思います。 では、集団に適応することは、何のためなのでしょう。...
Y R
9月8日読了時間: 4分
幼児教育から児童発達支援事業所へ〜私がCoconaをつくった理由〜
私は約30年間、幼稚園教諭として、たくさんの子どもたちと過ごしてきました。 担任をしていた頃は1クラス30人前後、学年主任になると学年の約90人、教頭になった頃には毎年80人前後の子どもたちが入園してくると、全園児約260人の名前と顔を覚えていました。 関わった子どもたちは、きっと2,000人を超えるでしょう。保護者の方との出会いも含めると、本当にたくさんのご縁に恵まれてきました。 保育は外遊び中心、散歩、造形遊び、畑の活動やお料理作り等。さまざまな学年や活動を通して子どもたちの成長を見守ってきた30年間は、語り尽くせないほど大切な思い出です。 その一方で、長く幼稚園で働いてきたからこそ、心に残り続けていたこともありました。 「もっと、この子に寄り添えたら」 幼児期の子どもたちは、まだまだ大人の手や目を必要としています。 幼稚園の先生たちは、子どもたちのために毎日一生懸命関わっています。それでも、集団の中では、一人ひとりに十分な時間をかけることが難しい場面があります。 活動中に何度も動き回ってしまう子。先生の話を聞くことが難しい子。みんなと同じよ
Y R
9月6日読了時間: 4分


卒園児保護者である婦人科医の先生をお迎えして
先日、Coconaに卒園児の保護者であり、長きにわたり婦人科医としてご活躍されている先生をお迎えし、職員との懇談の機会をいただきました。先生のお話を伺う中で、改めて感じたのは、命をお腹の中で育み、産み、そして育てていくということの尊さと大変さでした。女性は妊娠・出産・子育ての中では、心も身体も大きく変化します。 先生は、マタニティーブルーや産後うつについてもお話しくださり、誰にでも起こり得るものであり、今はとてもつらいと感じる時期であっても、「良くなるもの」だということを知っておくことが大切だと教えてくださいました。 その言葉を聞きながら、今まさに苦しんでいる方にとっては、その先を想像することさえ難しい時があるけれど、「きっと良くなる」と信じて、一日一日を過ごしていくことの大切さを感じました。 子どもについてのお話の中では、生まれてくる子どもは、一人ひとり違います。同じ子どもは一人としていません。乳幼児期の姿だけで、その子の将来が決まるわけでもありません。だからこそ、今、子どもの周りにいる大人が、愛情をもってその子と関わること。それが何よりも大切
Y R
8月5日読了時間: 2分
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