
集団って、疲れるんです。
集団生活って、疲れますよね。
だからこそ、私は「程よい集団」が大切だと思っています。
人は、生まれた瞬間から誰かと一緒に生きています。最初の集団は、家族ですね。家族であっても、いつも同じ気持ち、同じ関係ではありません。嬉しい日もあれば、ぶつかる日もある。それでも、家族という小さな集団の中で、人との関わり方を少しずつ学んでいきます。
そして成長するにつれて、集団は少しずつ大きくなっていきます。園生活、学校生活。大人になれば、職場や地域社会。私たちは、たくさんの人と関わりながら生活していきます。
でも、大人ならきっとわかっていると思います。
集団にいると疲れることを。
子どもも同じです。
人に合わせること、順番を待つこと、自分の気持ちを抑えること、周りの状況を見て行動すること…楽しいことももちろんありますが、いつも自分の思った通りにはいきません。
だからこそ、「集団に適応すること」だけを目標にするのではなく、「自分に合った集団の中での過ごし方を知ること」が大切なのではないかと思います。
では、集団に適応することは、何のためなのでしょう。
人と関わること、ルールを知ること、自分の気持ちを調整すること、嫌なことがあった時にどうするかを考えること。集団は、たくさんのことを経験する場所です。
そこに適応するということは、「この子が将来、自立して、社会でスムーズに生活していけるようになってほしい」という願いがあるのだと思います。
「ちゃんと集団に入れるようになってほしい」
「先生の話を聞けるようになってほしい」
「友達と仲良くできるようになってほしい」
「大きくなった時に、困らないようになってほしい」
子どもを思えばこそ、そんな願いを持つのは、とても自然なことだと思います。
私たち大人も、子どもが将来、自分なりの方法で生活していけるようになってほしいと願っています。
18歳でも、22歳でもいい。その頃に、どんな学校生活を送ってきたか、どんな道を歩んできたか。歩んできた先に、自分なりの方法で衣・食・住を得て、生活していく準備ができていること。それが、一つの「自立」といわれているものなのかもしれません。
でも、ここで少し立ち止まって考えてみたいのです。
「一人で生きていく」ことが、自立なのでしょうか?
そもそも、一人で生きていく必要があるのでしょうか?
今は、働き方も生き方も、昔よりずっと多様になりました。人とたくさん関わる仕事もあれば、人との接点が少ない仕事もあります。家族の支援を受けたり、福祉の支援を受けながら生活する人もいます。誰かの力を借りながら生きていくことも、その人の人生です。
Coconaだって、保護者が選んでくれなければ、子どもが来たいと思わなければ、職員がいなければ、何の役にも、誰の役にも立ちません。
だから私は、「誰にも頼らず、一人で何でもできること」だけが自立ではないと思っています。
家庭、気の合う数人の仲間、時々お世話になる病院の先生、行きつけのスーパーで話をする店員さん、たった一人の幼なじみ。
小さなつながりも、その人にとっては大切な「社会」です。
その心地よさを見つけだせる力も、一つの「生きる力」なのだと思います。
そして、その「自分に合ったつながり」を持っていることが、大きな集団や社会に出ていく時の支えになることもあります。
自分に合った人とのつながりを持ちながら、自分なりの方法で大きな集団でも過ごしていけるために、小さな心地よい集団は大切だと思うのです。
ですが、小さな集団にいれば良い、ということではありません。
小さな集団の中で安心して人と関わる経験を重ねながら、少しずつ「自分以外の人」「自分とは違う考え方」「自分とは違う世界」に出会っていく。
その積み重ねが、その子なりの社会の広がりにつながっていくのだと思います。
次回は、そんな考えからCoconaが大切にしている、あまり疲れを感じさせない「程よい集団とは?」についてお話ししたいと思います。

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